最高裁判所第二小法廷 昭和28年(オ)803号 判決 1955年6月24日
栃木県那須郡下江川村大字熊田原
上告人
田代平
右訴訟代理人弁護士
岡本繁四郎
栃木県塩谷郡氏家町
被上告人
氏家税務署長
山岸一二三
右当事者間の国税徴収法による差押処分取消請求事件について東京高等裁判所が昭和二十八年六月二十九日言渡した判決に対し上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二十五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 〃 藤田八郎 〃 谷村唯一郎 〃 池田克)
(参考)
上告代理人岡本繁四郎の上告理由
第一点、原判決はその理由に於いて
控訴人は控訴人の昭和二十四年度の所得中に田代壮の農業経営による所得を加算したのは違法である旨主張するを以て、案ずるに、控訴人の右所得中に農業経営により所得することは、成立に争のない甲第十四号証、甲第十八号証に徴し、これを推認することができる。而して当審における控訴人、本人の供述の一部によれば控訴人は昭和二十三年中までは家族と共に農業に従事し、その経営主体であつたことは認め得るところ控訴人が昭和二十四年からその農業経営を、その長男田代壮(同人が控訴人の長男であることは成立に争のない甲第十二号証により明かである)に移転した事情及びその手続につき、その主張並に立証のない本件に於ては昭和二十四年も引続き控訴人に於いて農業経営の主体であつたものと認めるのを相当とする。尤も田代壮が昭和二十四年度の農業経営による所得の決定を受け、その所得税金の一部を納入したことは成立に争のない甲第十六号証の一、二、三により明らかであるけれども成立に争のない乙第三号証、甲第十八号証によれば田代壮に対する右の課税が誤謬として取消された事実を認められるからこの事実に徴すれば、田代壮に対する右課税の為されたことを以て直に控訴人が農業経営の主体であつたとする上記認定を覆すに足らない云々、従つて控訴人主張のような違法あるものとは認められないから、この点に関する控訴人の主張も理由がないと判示しているが、右は次の理由によつて破毀は免れざるものと解する。
控訴人がその長男壮に昭和二十四年度から農業経営を移譲(判決は移転と言つている)したことについて原判決は、「その事情及びその手続につきその主張立証のない本件に於いては云々」と判示している。父から子に農業経営を譲ることについては現在のところ別に規定した法規はない。これは農村に於ける旧慣によるものである。これ世俗に「親が子にシンシヨを渡す」と言われているのがすなわちこのことである。従つて農業経営の移譲についての法規上の手続というものはないのである。しかし移譲によつて産米麦供出の名義を上告人から田代壮に「変更したこと(甲第五号証)及び同年度より農業所得の主体が壮なることを所得税の予定申告及び確定申告に於て申告し、被上告人これを認め課税を決定しその一部はすでに納税ずみであることによつて明らかである。しかるに原審はこの事実を誤認したのか、看過したのか、農村の慣行と実験則を無視して控訴人に農業経営の主体を控訴人にあると認定したことは理由不備、実験則に違背し、また農家の最大義務である、供出名儀人が壮なることの事実を無視したことは証拠に基かざる判断である。
二、さらに父親の上告人がその長男壮に昭和二十四年度から農業経営の一切を移譲したことの事情については、原審に於ける控訴本人の供述によつて明らかなる如く上告人の現在の妻は、壮にとつては、旧民法の継母子関係にあつてその折合が悪いので上告人ば精米業を経営し壮は農業経営をすることに家族間で話合ができたもので上告人は年令的にも重労働的な農業経営は困難であることまた成長した壮が父親の家業を継続することは自然の法則でもあること言を俟たない。ことに徴税行政は真実の所得者に対して徴税すべきであつてよく実態を調査し何人が、所得の主体であるかを認識し従来の行きがかりにのみとられて徒らに事端を繁からしむる必要はない。原審は「田代壮に対する課税が誤謬として取消された事実を認め得るから」と判示しているが取消の理由たる誤謬が如何なる事由によるものか、この点につき毫も被控訴人に対して釈明するところなく漫然と取消を容認し原審判決の判断にも何等判示してないことは大きな理由不備である。(上告人は原審において昭和二十七年十月八日付準備書面を以て右壮に対する課税処分に対する取消の違法処分なることを主張したが被控訴人はこれに対し何等の抗弁がない。)